子育て相談室 根っこのこどもたち

子育てがうまくできないってつらくなったら読んでください。心が軽く、気持ちが楽になります。

「生きるもよし、死ぬもよし、全てよし」は究極の全受容。。。

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幼い頃から、ぼんやりと空や雲や花や虫や鳥を眺めているのが好きでした。

そんな私を見て、父は「無為安閑として時を送るもよし。」と、愉快そうに言いました。 

思春期の頃、

勉強は全くせずにゲーテの『若きウェルテルの悩み』とかヘッセの『車輪の下』とかジッドの『狭き門』とか太宰治の『きりぎりす』とか、新潮文庫ばかり読んで「死にたい」と泣いている中2病の娘(ああ本当にもう。)に、父は「生きるもよし、死ぬもよし、全てよし。」と言い放ち、ひまわりのように大きく笑いました。

もちろん「勝手にしろ」という心ではなく、

「ゆうこが死んじゃったら、お父さんはずっと抱っこしているよ。」と言うのですから、とんでもない溺愛の父でした。

口で言ってるだけじゃなくて父は本当にそうしかねない、「絶対に死ねない…。」と思っていました。

 

究極の全肯定・全受容だったな、って思います。

 

「悠々と生きるように。」

父がわたしに望んだのはそれだけでした。

 

 

《わたしの物語は、わたしだけのもの》

物語にはたくさんの登場人物が出てきますが、

どの物語も主人公はただ一人。

途中で交替することはありません。

わたしの物語は誰の物語とも決して混ざり合うこうとはありません

たとえ親子でも、親の物語とこどもの物語が混ざることはないのです。

『シンデレラ』に『桃太郎』が混ざったり、

『白雪姫』に『かぐや姫』が混ざったりしない。

同じことだと思います。

 

「どの物語も、その人固有のものである。」

このことを忘れずにいれば、あらゆる魂と魂は

もっともっと心地良く響き合えるのではないかと思うのです。

 

書店や図書館の本棚に置かれたたくさんの本。

それぞれが混ざり合うことが決してないのと同じように、

わたしたちの物語も混ざったりしないのです。

 

夢を見るのと一緒です。

 

あなたの見る夢にたとえわたしが出てきたとしても、

それはわたしの夢ではありません。

人生も同じことだと思うのです。

 

 

もりやゆうこ【子育て相談室 根っこのこどもたち】

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